19回日本老年精神医学会

625日(金)A会場(中ホール)

 

認知機能,軽度痴呆

座長:宇野 正威(吉岡リハビリテーションクリニック)

 

 


高齢者の認知機能に及ぼすストレスと体力要素

征矢英昭1),加藤守匡1),本山輝幸1),齋藤 剛1),西島 壮1),朝田 隆2)

1)
筑波大学体育科学系運動生化学,2) 筑波大学臨床医学系精神医学

TA-6

 

【目的】 加齢に伴いうつ病の増加や痴呆への罹患率が増す.原因はいまだ決着はみないが,生活におけるストレスや運動不足の関与も無視できない.加齢と共に血中コルチゾールが慢性的に漸増する場合には,その作用が空間認知や学習能を担う海馬におよび神経変性や細胞死さえ促すことが知られている.また,ストレスに加え生活習慣の変容(ストレスの増大,運動不足,栄養過多など)も脳血管などの微小循環障害を介して脳機能低下を引きおこす可能性も示されている.実際に,加齢に伴い骨・筋などの運動器系の退行は,あらゆる運動能力の低下を招き,最大筋力や最大パワーの低下,さらには日常の身体活動量も低下させる.しかし,こうしたストレスや体力低下が,高齢者の認知機能の低下とどう関係するのかは不明である.本研究では,5つの認知機能(注意,記憶,視空間,言語,類推)と筋力,有酸素能力,反応時間,平衡性といった体力要素,形態,さらには教育歴,ストレス指標となる尿中コルチゾールとの関係について検討する.

【方法】 茨城県利根町在住の65歳以上の高齢者325名を測定した.325名の内,本研究結果に影響を及ぼす降圧剤服用者及び心電図所見の異常者を除いた180名(男性73名,女性107名)を解析対象とした.各被験者は,個人特性として年齢,性別,教育歴,身体活動量,尿中コルチゾール,形態として身長,体重,BMI,運動能力として筋力,有酸素能力,反応時間,平衡性,5種類の認知機能テストを実施した.統計は,認知機能に及ぼすを要因検討するために従属変数を認知機能,独立変数を年齢,教育歴,身体活動,尿中コルチゾール量,BMI,筋力,有酸素能力,反応時間,平衡性とし重回帰分析を行った.

【結果】 注意は,年齢,教育歴,選択反応時間との間に,記憶は年齢,教育歴,尿中コルチゾール,有酸素能力との間に,言語は年齢,教育歴,有酸素能力との間に,推論は教育歴と有酸素能力との間に有意な相関関係が認められた.

【考察】 本研究は,高齢者の認知機能と体力要素や形態,年齢,教育歴,ストレス指標として尿中コルチゾールを含めた個人特性との関係について検討した.その結果,有酸素能力はこれまで報告された記憶能力との関係以外にも言語,推論能力との間に相関関係が認められた.このことは,有酸素能力の維持・増進は,認知機能の低下抑制に重要となることが示唆している.また,尿中コルチゾールと記憶能力との間には,負の相関関係が認められた.コルチゾールはストレスホルモンの一種であり,慢性的にコルチゾールが増加すると脳へ移行し,記憶に関係している海馬の神経細胞に機能低下を与えることがわかっている.この結果は慢性的血中コルチゾールの増加が,記憶の座である海馬に作用し,記憶力を低下させている可能性を示唆している.今回の結果は横断的研究に基づくが,ストレスや体力が何らかの機構を介して明らかに認知機能に影響しうることを示唆している.今後,運動介入などの効果に関する縦断的データが得られるので,体力や運動習慣などが認知機能にどのような影響を及ぼすか更に追求し,認知機能をたかめるための新しい運動処方開発を目指してゆきたい.

 

 



高齢者の生活習慣と知的機能

須貝佑一1),丸井英二2),松村康弘3),林 邦彦4),杉下知子5)

  1) 高齢者痴呆介護研究・研修東京センター,2) 順天堂大学医学部公衆衛生学教室,3) 国立健康・栄養研究所,4) 群馬大学医学部保健学科,5) 三重県立看護大学

TA-7

 

【目的】高齢者の知的機能は加齢に伴って緩やかに低下する事が知られているが,その度合いは一様ではなく個人差が大きい.知的機能の低下には加齢の他,身体状況,おかれた環境,生活習慣など諸要因が関与している事が推測されるが,集積された知見はなお乏しい.最近は慢性進行性の変性疾患であるアルツハイマー病についても加齢のリスクファクターの他に生活習慣が発病と進行に関与している可能性を示唆する所見が発表されている.本研究では,高齢者の知的機能の低下が加齢以外に日頃の生活習慣とも関連しているのかどうかを検討することにある.

【方法】東京都杉並区在住で浴風会病院で行っている区民高齢者健康診査に来院し,健康診断を受診した65歳以上の高齢者を対象とした.14年度の高齢者検診受診者1263人のうち本調査研究に同意した調査対象者は625人だった.調査対象者にはあらかじめ生活習慣調査表を郵送し,記入したものを受診日に持参してもらい点検した.調査表は国立健康・栄養研究所(松村式)で作成したものを用いた.高齢者検診当日,臨床心理士が面接し,MMSEを行った.食材ごとの摂取状況や嗜好品の有無,運動の状態など50項目とMMSEとの関連を検討した.MMSEは30点から28点までの群を正常群,27点から25点までの群をやや低下群(MCI含む),24点以下を知能低下群としてそれぞれの群での生活習慣の違いを検討した.MMSE0点のケースは,自己記入式調査のため信頼性が乏しく除外した.

【結果】実際に受診に訪れ,調査票の回収とMMSEの実施できた調査対象者簸372人で,男性141人,女性231人だった.平均年齢は75.4歳でMMSEの平均は27.7点だった.男性27.6,女性27.8点で男女差は見られなかった.生活習慣の中で乳製品の摂取が毎日,ほぼ毎日とる群で知的機能正常者が多く,たまにとるか,ほとんどとらない群では知的機能やや低下と低下の群が多かった.乳製品の中でもヨーグルトの摂取がよりその傾向が明らかだった.ビタミン剤の摂取でも差が見られた.新鮮な魚の摂取,緑黄野菜の摂取では差が見出せなかったが,海草類の摂取ではほぼ毎日摂取する群で正常者が多く,ほとんどとらないか,わずかにとる群で知能低下者が多い結果だった.卵や肉類,納豆,豆腐などその他の食材の摂取習慣では明らかな差は見出せなかった.

【考察】得られた結果は調査参加希望者からのものであって,調査結果偏りは免れない.しかし,MMSEの分布から見て,一般高齢者のMMSE分布と相同で母集団から大きく外れた調査対象とは考えにくい.結果の解釈に限界はあるものの,多くの食材は知的機能との関連は見出せなかった.しかし,わずかに乳製品の摂取と海草類の摂取状況が高齢者の知的機能との関連を伺わせたことは興味深い.ヨーグルトの摂取や海草類の摂取はそれ自体が知的機能に何らかの影響を及ぼしているのか,それともそのような生活習慣を保つ姿勢や動機,知的状態そのものが結果として表現されたものかは議論の余地があるが,今後知的機能低下の中でもアルツハイマー病へ移行するリスクファクターを検索する上でも示唆に富んだ結果と考える. 

 



 

軽度痴呆に対する認知リハビリテーション;健忘症候群との比較

1)
駒木野病院心理科,2) 昭和大学医学部精神神経科,3) 信州大学教育学部,
4)
駒木野病院内科,5) 駒木野病院精神神経科,6) 慶応義塾大学医学部精神神経科

1)
国立精神・神経センター,2) 医療法人社団こだま会こだまクリニック,
3)
筑波大学臨床医学系精神医学,4) 吉岡リハビリテーションクリニック,
5)
茨城県立医療大学

TA-8

 

近年では進行性の痴呆性疾患や,その前段階とみなされるmild cognitive impairment MCI)についても,積極的な記憶障害へのリハビリテーション(以下,記憶リハ)を行なうことの有用性が指摘されている.現在,健忘症候群患者への記憶リハでは,誤りなし学習 errorless learningの有効性が確認されており,またこの有効性の基盤は,残存する潜在記憶にあるとする解釈とともに,一方で顕在記憶にあるとする反証もある.これらを踏まえ,今回我々は軽度痴呆患者の記憶リハにおける,誤りなし学習の有用性の基盤について,健忘症候群との比較により検討した.記憶の符号化を知覚的に行った場合と概念的に行った場合のいずれが学習に有利かを比較することで,誤りなし学習における顕在記憶と潜在記憶の関与を検証した.もし,誤りなし学習が顕在記憶を反映しているならば,誤りなし-概念的条件が有利であり,潜在記憶を反映しているならば,誤りなし-知覚的条件の成績が優位となるはずである.

【方法】誤り(なし-あり)と符号化(知覚的‐概念的)の2要因を操作し,以下の4種の条件で,各8語を学習することとした.@誤りなし-知覚的<知覚同定>:知覚フラグマントを漸増提示することにより,誤りなしにターゲットを同定させる.A誤りあり-知覚的<語幹生成>:ターゲットの頭文字を提示し,該当する単語を推測させる.B誤りなし-概念的<定義生成>: 定義手がかりを提示し,該当する単語を生成させる.C誤りあり-概念的<カテゴリー生成>:カテゴリー名を提示し,該当する事例を生成させる.評価は,顕在記憶の指標として自由再生と再認検査,潜在記憶の指標として知覚同定課題を実施した.対象はClinical Dementia Rating CDR)0.5ないし1.0の最軽度ないし軽度のアルツハイマー病患者(AD)12名 (平均年齢78.0).対照群として健忘症候群患者(AM)7名(平均年齢58.3)をおいた.本検討では患者自身に実施の説明をした上で了解を得た.

【結果】自由再生:知覚同定 AD 3.2-AM 3.3,定義生成 AD 4.2-AM 4.3,語幹生成 AD 2.4-AM 1.9,カテゴリー生成 AD 3.0-AM 3.4.再認:知覚同定 AD 7.4-AM 6.9,定義生成 AD 7.1-AM 6.9,語幹生成 AD 6.4-AM 6.7,カテゴリー生成 AD 6.8-AM 6.0.知覚同定(新規語がターゲット語に比して要したcueの数で示す):知覚同定 AD 1.2-AM 0.7,定義生成 AD 0.9-AM 0.8,語幹生成 AD 0.9-AM 0.9,カテゴリー生成 AD 0.9-AM 1.0

【考察】痴呆性疾患を含めた記憶リハにおいて,誤りなし学習が有効であることが示された.符号化の見地からは,知覚的符号化よりも概念的符号化がADの学習にとって有利であり,誤りなし-概念的符号化が最適な条件であった.この傾向は健忘症候群患者でも同様であった.